高山陣屋の大広間 3つの部屋に仕切ることも出来て、一番の上座はいわゆる「御書院」
仕切られて独立した武家の「書斎」といったところでしょうか?
これが次の部屋の仕切りを外して、大広間になると「御座之間」郡代が着座する部屋になる
という具合のようです。もちろん上座から位の高い武士から順に座っていくんでしょうね
この大広間、儀式や会議 そして講釈等が行われ、広さは四十九畳あると書かれていました。
これ全て 紋縁付の畳が使われていました。
広間の末座は畳廊下を隔てて 「使者の間」 使者の控室なんだとか
駕籠まで置かれていて どんな方が使者に来たんでしょうね~
こちらも紋縁付きの畳が使われていましたが・・・
そこから玄関に繋がる間に「吟味所」という部屋がありましたが、ここは御白洲と一体
遠山の金さんはいませんでしたが、ここで取り調べ?
抱き石なんかが置いてあって 拷問もされた絵も描かれていました。
政治も、裁判も、行われていた陣屋 日本で現存しているのはこの高山だけだそうです。