
名古屋中小企業振興会の春の時別事業は “ 大須ぶらり散歩 ”
もっとも遊びではなく シャッター商店街と化していた名古屋の大須も街の
復活ストーリーを学ぼうという趣旨で 大須の街界隈を案内していただく
まずは大須観音 岐阜の羽島から家康が移転させた観音様 大須の街はここが源
そこから仁王門通りを参道として街が拡がっていった。
すぐそばに大須演芸場があるが 一時は閉館の危機 何とか残そうと演し物は
月初めの1週間に絞って あとはレンタル劇場にもなっているんだとか・・・
この演芸場の近くは花街で 相乗効果で栄えていたらしい

案内役は大須商店街の組合理事さん 大須の街の栄枯盛衰を語ってもらいながら
狭い路地裏からアーケード街を歩いていくのだが 裏話がとても面白い
そこから東の本町通り(名古屋城から熱田神宮まで真っ直ぐ南へまでが元々の大須の街
そこから先は東仁王門通り アーケードが続き 1200店もの店があるという
東の外れ近くに万松寺がある。 この寺は織田家の菩提寺で 信長が父親の信秀の葬儀で
焼香用の香を位牌に投げつけたというエピソードは有名である。

初めて知ったことも多かったが その一つが「仏足石」 名古屋城の天守築城のの時に
集められた石の中から加藤清正見つけて寄進したというお釈迦様の足裏を石に刻んだものだとか
これだけでも知った価値があると 名古屋在住の年寄達が喜んだ(私もその中の一人だけど)

大須の街が賑やかだったのは ここに邦画映画館が4館あったからとのことだが
テレビの普及で映画館は閉館になって 大須が廃れた時に その映画館の空き地に建てられたのが
電気器具や部品を扱う“アメ横”ビルが出来て、その集客力で辛うじて大須の街は存続した。
我々世代が若かった時代だ。 “大須と言えばアメ横”と言われて日本中から人が来たものだ。
そういう点では 東京の秋葉原みたいなもので ここにはコンセプトカフェなるものも多いそうだ。
大須の街は雑多な店が並んでいる。シャッター商店街をなくそうと 幅広い業種を受け入れてきた。
世界各国の料理が食べられるのも その懐の広さが この街の新しい魅力作りもなっている。
今では食べ歩きの街として若い層から外国人観光客で賑わっていて日本一元気な商店街とも謂われ
老若男女に愛される場所になっている。 他にも なるほど!と頷けるヒントがいただけた。
